母子家庭で育った私の体験。普通にできないことがコンプレックス。

2018/01/24

昔の話だけど、私は母子家庭で育った。

父親がいなくなって、兄弟姉妹もいなかったから、母と二人で公営住宅みたいなところに住んでいた。

母は頑張ってパートをして、なくべく不自由ないように育ててくれたと思う。

でも、小学校の頃から家庭環境がすごくコンプレックスだった。

父親がいないことだけじゃなく、住んでいる場所だったり。

旅行にも行ったことがない、シャワーもない、ビデオデッキもない。

などという、普通のことができなくて、とても嫌だった。

友人関係においても、バカにされないように、嘘ではないにしても、いつもお金がたくさんあるそぶりをしていたように思う。

進学ももちろん私立に行けるわけはなく、県立高校。

塾にも行けないこともわかっていたから、元々まじめに授業は受けていて、成績も結構よかった。

でも、絶対に私立には行けなかったので、県立の合格ラインを下げたところを狙い、合格した。

合格したのはよかったけれど、自分のレベルよりだいぶ下の学校に行かなければなかなかったとこが、大人になった今でも悔やまれる。

自分よりも頭が悪かった友人が、自分よりも頭のいい高校に合格していったのが本当に嫌だった。

高校に入ってからは、母子家庭には県から授業料の返却をしてくれるということで、事務室に行って毎月お金をもらってこなければならず、嫌だった。

周りの友人に見られて、「何やってるの?」と聞かれたくなかったので、少しでも人が少ない時間帯に行くために、事務所に朝早く行ったり、授業を抜けて行ったりしたときもあった。

ほかの人からしたら、気にしすぎていたのかもしれない。

でも、その当時の私にとっては本当に深刻な問題だった。

母が頑張ってくれたので、奨学金を借りて大学には進学できた。

でも、高校でレベルを下げてしまったために、あまりよくない大学に進学した。

もちろん、予備校台なんてもらえないから、進学した高校で指定校推薦を取って、大学1校だけの受験料で済ませた。

私なりに、色々頑張ってきたと思う。

でも、あの時こうなっていれば、こうしていれば・・・なととは、正直今でも思う。

人にバカにされた経験があるこそ、それをバネに今でも生きている。

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